宮村 翔瑠 / Miyamura Kakeru
マーケティング アシスタントマネージャー
私がバリューマネジメント(VM)を選んだのは、ここが「第二創業期」としてポストが次々と生まれ、若手でも会社のレバーを握れる環境だったからです。でも、その根底にはもっと個人的な感覚がありました。
私は自分を「課題解決が好きな人」だと思っています。負けた試合を分析して、次どう勝つか練る時間が一番燃える。そんな力を注ぐ先として、日本というスケールが「ちょうどいい器」だったんです。地球規模だと手応えが遠すぎるし、小さな町単位だけだと視野が狭くなる。一生かけても完全には解けないけれど、確実に近づいている実感が持てる。そんな「日本を救う」という手触り感を求めて、この門を叩きました。
入社前の面接で感じたのは、言葉の端々に宿る「本気度」でした。「ここなら、10億円の意思決定を誤れば会社が傾く、そんなヒリヒリする責任感を背負って戦える」。その緊張感こそが、私が求めていた温度感でした。
私のキーワードは「手触りのある成果」です。でも、成果を出すための「頑張り方」には、人一倍こだわりがあります。
現場にいた頃、私は「肉や日本酒の魅力を語り尽くして、単価を1,500円アップさせる」といった、いわば接客の「戦闘」に全力を注いでいました。もちろんそれは尊い努力です。でも、マーケティングの視点を得た今、確信していることがあります。
「予約完了メールに一文添えるだけで、あるいは料金設定をわずかに調整するだけで、現場の必死な努力の何倍もの成果が一瞬で生まれることもある」
目の前の戦闘で消耗する前に、戦略という先手で勝つ。泥臭い努力を否定するのではなく、その熱量を最大化させるための「設計図」を書くこと。それが、私が大切にしたいプロとしてのこだわりです。
正直、学生時代の私は「ハードな環境が好きだ」と粋がっていました(笑)。でも、入社後に待っていたのは、想像を絶する本物のハードさでした。
「頑張れば報われる世界」なんて、社会には存在しない。成果が出なければ評価のしようがないし、もし頑張る方向を1ミリでも誤れば、その先には悲劇しか待っていない。自分で決めて、自分でケツを拭く。その残酷なまでの自立を突きつけられた時、私は自分の甘さを痛感しました。
でも、そんな葛藤の中で救いになったのも、また「頑張り」でした。直接の数字には繋がらなくても、必死に動く姿は必ず「環境」を変える。応援してくれる人が増えれば、より成果の出しやすい土壌が整っていく。戦略で勝つためには、まず誰よりも現場で泥を啜り、信頼を勝ち取るプロセスが必要なんだと、ガツンと頭を殴られるような思いで学び直しました。
私にとって、仕事と私生活は分断されたものではありません。
大洲での勤務時代、有志で早朝のゴミ拾いを続けていました。正直、エリアが広すぎて綺麗にしきれたわけではありません。でも、その姿を見た市役所の方が「この子たちは間違いない」と、地域の重鎮たちに紹介してくれるようになったんです。
その信頼が、駐車場の融通やラストオーダー後の調整といった、小さな「助け合い」に繋がり、巡り巡って事業の数字を支える大きな力になりました。
今の休日は、バイクを走らせたり、家族と過ごしたり、たまにフリスビーを工事現場のフェンスの中にロストしたり(笑)。そんな何気ない日常の中で「顔を上げる」ことを意識しています。スマホを見るのをやめて、世の中がどうデザインされているか、街がどう動いているかを観察する。その視線が、そのまま私の戦略の引き出しになっています。
私が目指すのは、一時の感情に流されず、どんな現場でも高いパフォーマンスを出し続ける「成果からブレない事業部長」です。その数字には、街や仲間、お客様からの信頼がすべて乗っている、そんな「温度のある数字」を積み上げたい。
未来の仲間に伝えたいのは、ただ一つ。「自分で決断する」ということです。
他人の意見は材料にしてもいいけれど、最後の判断を誰かのせいにした瞬間、後悔の質は卑屈なものになります。
「ここなら、がむしゃらになれる」
そう自分で決めたなら、あとは迷わずに走り出すだけです。ごちゃごちゃ考えずに、最短最速で最高の成果を一緒に創りましょう。超攻撃型フォワードとして、最前線であなたを待っています。
「自分らしく」を支えるのは、1本脚の強さより、何本もの「貢献」という盾。――チームを勝たせるために、私は弓も、刀も、そして銃も持ちたい。
チーフプランナー
「残る」ことは、決して当たり前じゃない。誰もが諦める課題に向き合い、経営の力で文化を紡ぐ
CEO
「正解」は誰も持っていない。だから私は、目的のためにあらゆる境界線を越えていく
社長室ゼネラルマネージャー/文化庁出向
仕事は「なりたい自分」を叶えるための手段。成果も、大切な人との時間も、欲張りに手に入れる。
新規接客・マネージャー